退屈ではないけど、窮屈
「ここは退屈むかえにきて」ってなんだか憧れのフレーズ。
花も盛りの26歳ですけど、彼氏いない歴=年齢を更新し続けている。
だって周りは娯楽に溢れてるし、ひとりでいたってなんら寂しい思いをすることはない。本があるし、映画があるし、ゲームがあるし、音楽があって、ライブがある。
右手があれば絵が描けるし、両手があれば料理ができる。今や話せればブログだって書けるしね。
実家暮らしの恩恵もあって、好きなことが好きなときにできて、給料は安いけど、仕事だって嫌いじゃない。
相対的に見れば、ほんとうに贅沢なんだと思うけれど。毎日刺激的なんだけれど。
どうしてかな〜〜。窮屈だって思う。
家族もいて友達もいて、孤独じゃないし、幸せなんだけど、ここじゃない、どこかに行きたい。それがどこなのかは自分ではわからない。
なんかやっぱ物足りないな〜って思うのは、わたしが恋をしていないから?
小さい頃は好きな人も普通にいたはずなのに、恋をするという感覚が無くなって久しい。今や自分が恋することができない欠陥品のように感じる。
LGBTとかそれ以前に、人を好きになるってなんだっけ?って思うのです。
男性が男性を好きになろうと、女性が女性を好きになろうと、とてもステキなことだと思う。だってわたしにはそれができないから。
調べてみたらそういうセクシュアリティも普通にあって、おそらくわたしはクエスチョニングの段階にいるのだと思う。
名前がついてることに安心しちゃってつくづく単純だなぁと思う。
今はすぐに調べられていいよね!google先生、大好き。
恋話とかも好きだし、恋愛小説だって楽しめるし。機会があればわたしだって恋に狂うことができるはずだって思っているのに、なんだか怖くてやだなぁって尻込みしちゃう。
恋とはどんなものかしら。
わっかんね〜〜〜〜。
知らないとは恐ろしいもんで、理解できないことより怖い。
世界中の恋愛小説読んでも頭をひねるばかり。
でもなんか、、わかんないけど、わかりそう。みたいな感じ。
あっ、うん、恋してるって、可愛い。みたいな。
んん〜〜、ここをきちっと言語化できればかっこいいのに。
同性も異性も好きだったこと、あったはずなのに。口惜しや。
今日も恋愛小説を読んで溜飲を下げていくのです。
なんだか考え事をするたびに自分の薄っぺらい膜をぺりぺりはがしていくような感覚。何も考えないで書き進めているつもりでも、薄い膜を纏った核みたいなものに触れそうになると、怖くて手を引っ込める。
今の私にとって書くということは、指にできたささくれを剥いてしまうような感覚。気になって気になってしかたないから剥いちゃうけど、いっぱい血が出て、自分でびっくりする。
痛くはないけど、血がめちゃくちゃ出るんだよなぁ。
きっとほんとは、もっと痛くなるまで剥かないと、私が憧れている境地には立てないんだろうなぁ。
恋愛もおんなじ。血が出たら怖くなって引っ込んじゃうよね。痛いの、やだし。
指に絆創膏貼って、自分で穿った醜い傷を早く治んないかなぁって思いながら、いつのまにか忘れ去って、そんでまた傷をほじくってどんどん治りにくくなるんだなぁ。いっそかっこいい傷跡になるまで穿ればいいのにな。ささくれなんて、小さくてかっこわるい。